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子供の机のすみに書いてあった落書き

この春、子供が大学生となりひとり暮らしをはじめました。

子供の居なくなった部屋で、ふと机の上を見ると、作文のコピ-が二枚置いてあり、机の片隅には、えんぴつで次のようなことが書かれていました。

「他人に劣ることは少しも恥ずべきことではない。しかし、今年の自分が去年の自分に劣るのは、恥ずべきことである。」と。

作文の内容は、長くなりますので公表はさしひかえさせていただきたいと思いますが、我が子はこんな気持ちで旅立って行ったのかと思うと涙が溢れてきました。

今の日本の教育制度では、「よく学び、よく遊び、たくさんの友達もつくり、クラブ活動や学校の役員や係りにも積極的に取り組み、テストの成績もよくなるよう努力し・・・」という理想をやり遂げることが推奨されていますが、そのようなス-パ-マンが、果たして天才と呼ばれるごく稀な人以外にどのくらい存在するのでしょうか?

そこにはあまりにも理想と現実のギャップがあるのではないかと、凡人家庭の親としては疑問に思います。

昔の古き良き時代は、中学までは確かに思う存分遊び部活もして学校の役員も引き受けて子供時代を十分に楽しんで、高校生になってから受験モ-ドに入って自分なりに頑張れば自分の希望する大学にそれなりに進学できていたと思います。

しかし、それは、数十年前までの話で、現代ではそれは通じなくなってきているのではないでしょうか?

学校と塾、習い事(趣味)で毎日時間に追われる今の子供たちは、理想と現実の狭間でもがき苦しんでいるのではないでしょうか?

誤解があるといけませんので付け加えておきたいのですが、今の日本の受験制度には、学習塾は欠かせない存在になっていると思います。とくに、子供と相性の良い先生とのふれ合いは、親が補いきれないメンタル面までカバ-していただけるので、(これは学校の先生方にも同じように言えることですが、)とてもありがたい存在だと思います。

学校の方針によって多少異なるとは思いますが、学校での授業は、クラスのちょうど真ん中の成績の生徒のレベルで教えるのが平均的な考え方らしく、そこに当てはまらない生徒は、結局は学習塾に頼らなくてはならなくなってしまう場合もあり得るからです。

私は、日本もアメリカのように、自分の行きたい大学に入りやすいが卒業しにくい入試制度に変えて欲しいと思っています。

                        by ク-ミン

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