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2008年9月

PTAの成人委員会で学んだこと(その2)キ-ワ-ドは中2の二学期の始業式

10年くらい前の話になりますが、小学校の成人委員の企画で、講演会を開催することになり、色々と検討した結果、大人ではなく主に子どものストレス外来を担当されている精神科のドクタ-に来ていただくことになりました。

その先生によると、母親の役目は、その子どもが中2の二学期の始業式の日(たいてい9月1日)に、学校へ登校し無事に帰宅したときに終了するのだということでした。

つまり、キ-ワ-ドは「中学2年の始業式の日」なのだそうです。

この日を何事も無く過ごせた家庭は、先生の経験上の統計から言えば、その後も順調に家庭生活が存続していく確率が高いとのことでした。

逆に言えば、中2の始業式の朝、または学校からの帰りに首吊り自殺をしたり、引きこもりになったりと、何らかの引き金になる日も、この日なのだとか。

という訳で、なるべく中2の始業式が終わるまでは、例えば転校するとか、両親が離婚するとか、子どもの環境が大きく変化するようなことは避けるべき、というのがその先生の持論だったと記憶しています。

だから、今、転校や離婚を考えているご両親がおられたら中2の始業式が終わってからのほうが望ましいと言われていました。

この意見には、賛否両論があると思いますが、一応、ご参考までに。

更に、興味深いことをおっしゃっていたのは、浜○あ○みの歌詞(歌)がなぜあんなに若者たち(特に先生の外来に来られる子どもたち)に受け入れられ、彼女がカリスマ的存在になっているのか、不思議だったそうですが、「M」という歌詞を読まれて妙に納得されたのだそうです。「M」というのは、恋人のことかと思いきや「mother」の「M」だそうです。(先生の解釈によれば)

浜○あ○みさんは幼いときに父と離れて母親と弟の3人暮らしで、彼女の母親は、母親としてより女として生きていかれた方だったそうで、幼い頃の彼女は、子どもの自分たちより男の人と一緒にいる時間を優先するといった母親の愛情に飢えていていつも孤独を感じて寂しい思いをしていた。それを、埋め尽くすように同じような仲間と「たむろ」することで心の均衡を保っていたのだそうです。

しかし、彼女が大人になって恋をして初めて母の女としての部分を理解し許せる気持ちになったというのです。(あくまで、これは先生の解釈ですので)

母親の存在と愛情は、子どもにとってかけがえのないもの。それは、一緒に過ごす時間が長い短いにかかわらず、その愛情の深さを子どもが肌で感じ取ってくれていれば、それだけで十分だと思うのです。

そして三つ目に興味深いと感じたことは、子どもが反抗期に入ったら、親は喜ぶべきなのだそうです。

なぜならば、親から十分に自分が愛されていないと感じている子どもは、親にもっと愛されたい、嫌われたくないと思うがゆえに、ずっと良い子を演じ続ける。つまり、親の顔色を常に伺いながら、生きていくのだそうです。そうすると、いつかそのしわ寄せが大きくなり、あんなにいい子だったのになぜ・・。という事件がおこることになりかねないそうです。

逆に親から十分に愛情を注がれていると感じている子どもは、多少親に反抗しても、親から見捨てられないし、ずっと愛され続けられるという確信を持っているから、安心して反抗できるのだそうです。

よって、それまで育まれてきた親子関係が、親密でありその絆が強く結ばれてきたことの積み重ねの証なのだから、反抗期の子どもを持てたことは、親にとってこの上ない喜びなのだそうです。

以上、10年前の記憶を辿って書いてみました。

ほんの少しでも何らかの子育ての参考になれば、幸いです。

                             ク-ミンでした。

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