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2008年6月

子供に教えられたこと

久しぶりに再開します。

娘が小学一年生の頃のエピソ-ドです。

平成元年に生まれた長女は、一番最初の子ということもあり、それはそれは大切に育てました。

良いことと悪いことの区別がつくように、また、どんなことがあっても意地悪なことを言ったりしたりして、お友達の心を傷つけたり、ましてや暴力を受けてもやり返してはいけませんと、あたりまえだけど、正しいと思ったことを事あるごとに教えていました。

もちろん、ビデオやアニメも、アンパンまんとか、ム-ミンとか、良い者と悪者がはっきりしていて、悪いことをした者には、必ず罰がくだるか、バチがあたるか、もしくは、「私が悪かった。ごめんない。」と改心するか、といったパタ-ンのいかにも文部省推薦みたいな道徳の時間に出てくる本のようなスト-リ-のものばかり、厳選して与えていました。

ところが、ある日、長女が私にこう言ってきました。

「ママ、私は、世の中の意地悪な人は、わたしが、がまんしていればいつかは自分が意地悪だったことを反省してごめんなさいって言ってくれると思い、何をされても言われても、自分がした覚えのないことを先生に告げ口されて怒られたりしても、じっと我慢していたけれど、それは、まちがいです。中には、ごめんなさいって言える子もいるかもしれないけど、意地悪な人は、幼稚園のころからずっと四年間、意地悪なままでした。きっと、大人になっても意地悪は治らないと思います。

妹の○○ちゃんには、おとぎの国のようなビデオや本だけをみせるだけではなく、もっと現実的に、大人になってもず~っと意地悪なままの人もいることを、きちんと教えるべきです。そうしないと、○○ちゃんまで、心の準備が出来ていない分、苦しむことになると思います。

それを知っているのといないのとでは、心に受ける傷の大きさが違ってきます。」

と言われてしまいました。これを小一の娘に言われたのです。信じられない気持ちでした。そんな世の中を、嘆きながらも、護身術の意味で世の中に悪が存在することを子供に教えることは、ある意味、大切なことかもしれないと思いました。

そこで、姉に相談し、「ガラスの仮面」とか、「小公女セ-ラ」のアニメのビデオを借りてきて、世の中には、こんな風に人を罠に陥れたり、意地悪な言動をする人がいることを、教えたのでありました。

理想だけをかかげて子育てをしてきたことを後悔しました。長女には、かわいそうなことをしました。次女は、おかげさまで、おとぎの国だけでなく、現実の国の両方を学ぶことが出来ました。

光があれば、闇は必ず存在する。けれど、あなたは、闇の存在は知っていても、それを決して使ってはならない。どんなことがあっても、光の中で暮らしなさい。

これが、最終的に親として娘たちに伝えたいメッセ-ジとなりました。

                          ク-ミンでした。

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心理学の先生に教えていただいた言葉

心理学の先生に教えていただいた言葉で、発想の転換をすることでとても生きやすくなると気づかせていただいた素敵な言葉がありますので紹介しますね。

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「悩みとは人生の宿題帳であり、その宿題を解くことが人間の成長なのだ。」

「人生に起きること・出遭う人は、全部自分に何らかのメッセ-ジを持って現れて来てくださっている。」

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世の中には、いろんな人がいて、いろんなことがあるけれど、前向きに頑張って生きていきたいものですね。

                        ク- あらためク-ミンより

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PTAの成人委員会の同和勉強会で学んだこと

2003.2.7            博多リバレイン内ココロンセンタ-にて

小学校の成人委員になった年に同和問題勉強会に出席する機会がありました。そのときの、センタ-長のお話に感銘を受けましたので、ご報告したいと思います。

{センタ-の方のお話}

 同和問題においては、知識と態度(行動)とスキルが一体にならなければならない。

これが、一体になって初めて「生きていく力」となる。

学んだ証(あかし)はただひとつ、何かが変わることである。

正しい知識・・・何が正しいのかこれが大切。

差別は、仮面をつけてやってくる。見ただけでは分からない。自分でしっかり触ったりして、確かめることが大切。

誰でも差別のしっぽを付けている。時には自分を振り返り自分はしっぽを付けていないか確かめる。

「あなた、それはおかしい」と言ってくれる友を持つことが大事。

同和問題は、部落問題のみではない。

「自分は正しいことをしている。」「自分は差別をしていない」と思っていても、結果として無意識に差別をしているという例がたくさんある。

差別とは何か。区別とは、どう違うのか。

差別とは、自分に原因が無いのに受ける不当な差別。

これに対し、区別は正当な差別。

「30年間、この仕事に携わってきて、なぜ、差別はいけないのですか?と質問されたことがある。しかし、その場にいた人で明確な答えを説明できる人はいなかった。そこで、私は考えたのですが」と前置きをされてから、次のように言われました。

人にとって大切なのは、人と人がつながっていくこと。

差別は、した人も、された人も、人と人とのつながりを断ち切ってしまうことになる。だから、いけないことなのだ。

私たちは、人と人との豊かな関係をもっともっと広げていくべきである。

差別をする人は、大損をする。差別は、人と人の関係を切っていくので、すばらしい人との出会いも失くしてしまう。子供には、人と人との関係を広げていっていけるように成長してほしい。

                               以上

 はじめは、同和問題のことをあまり深く知らなかった私ですが、ここで、知る機会を与えられ、すばらしいお話を聞けて、とても勉強になりました。

            ク- あらため ク-ミンより

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