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子供の小学校卒業に思うこと

昨日は子供の卒業式でした。家に帰ってから卒業アルバムを見ながら家族で小学校生活を振り返りました。

たくさんの人々との様々な関わりの中で優しく逞しく成長し凛として立っている我が子の姿が今目の前に存在していることに気づかされました。(スゴイ親バカかも!!)

どんな時でもただ暖かく見守ってい続けることしかできなかった私でしたが、逆にそうすることができた自分でいられたことに感謝したい気持ちにもなりました。

自分がいつも感謝の気持ちを持ち続けていると、自然と自分のまわりには幸せなことが集まってくるように感じます。

そして「愛することは信じること」(と私は思っています。)これからも子供たちを信じて見守っていきたいと考えています。

ここで中学生という新たな人生の扉を開こうとしている子供に、親として(未熟者ではありますが)伝えたいことを書いてみたいと思います。

*真実を見極める目と力*は、今でも私の最重要課題です。子供たちにも何よりも優先してこれを身に付けて欲しいと思っていますが本当に難しいです。

集団生活で学ぶべきことはとてもたくさんあると思います。ただ、ここで注意すべきことはある一方的な情報からのみで人を色メガネで見たり判断したりしないようにすることだと思います。

私は基本的には自分自身が実際に見たこと、体験したこと、本人から直接聞いたこと以外は、信じ込まないように努力しているので、だからこそ*真実を見極める目と力*が重要になってきますがなかなかです。そう簡単に身に付くものではないですね。

海外生活が長かった人の話ですが、むこうでは人の陰口は言わず、言いたいことがあったら直接本人に言い、たとえそこで議論になったとしてもそれによりお互いの気持ちを理解しあうことや二人の歩幅を縮めることができたりするそうです。何よりここで注目すべき点は、言われた本人は言ってくれた相手に対して、最後に必ず「言ってくれてありがとう。」と言って握手するのだそうです。心から素敵な世界だと思いました。うらやましいです。

日本人は、農耕民族で昔からみなが同じように足並み揃えて協力しながら作業をしなければ生きていけなかったようです。それとは対照的に欧米人は、狩猟民族であり個人主義的要素が大きかったようです。

どちらにも長所があり短所がありますが、近年日本でも個性をもっと重視、尊重しようという風潮になってきています。しかし、やはりその過渡期でもあり、子供たちはいったいどの方向に向かって行けば良いのかわからず宙ぶらりんの状態に陥っているようにも思えます。

つまり「個性的」=「わがまま、非協調的」                    

逆に「協調性有り」=「自己主張できない、非個性的」

という「紙一重」のようなレッテルを貼られてしまうおそれのある構図から、子供たちはどこへも行き場が無いような現状に居るのだと思います。日本の教育現場ににうまく個性を取り入れていくのには、まだまだ多くの課題があるような気がします。

子供たちはこれから大人としての自分自身というものを少しずつ確立していくわけですが、人の意見にばかり左右され根無し草のようにゆらゆらしている人にならないように、しっかり地に足を着いて自分の足で立ち自分の頭で考え判断し自分の意見がきちんと言える勇気在る人になって欲しいです。

そしてこれは、私自身も目指しているものでもあります。でも、ここに辿り着くにはまだまだ遠い道のりです。これから子供たちと一緒に試行錯誤しながら、ゆっくりそこを目指して歩いて行こうと思っています。我が家は家族4人合わせてやっと一人前になれるかどうかといったところです。それぞれが一人前になれるのは、いったいいつのことやら・・。

一生を終えるまでにたとえゴ-ルに辿り着けなかったとしてもそこを目指して努力し続けることが大切なのだと思います。

             2002.3.19の日記より  ク-ミンでした。

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